2010.02.23 Tuesday 21:28
一般紙の経済面で、最近ビジュアルを全面に押し出したクラシックアーティストが相次いで登場している、という主旨の記事を読みました。
日本人アーティストが何人か挙げられていましたが、それを見て思い浮かんだのは、ユンディ・リ。
2000年のショパンコンクールを中国人として初めて制したピアニストです。
日本ではキムタク似というルックスの話題が先行しがちですが、緻密なテクニックと圧倒的な表現力で、本当に好きなピアニストの一人。
今年はEMIクラシックスと契約してショパン作品の録音に傾注するということで、ショパン年の楽しみのひとつでもあります。
音楽がイメージだけで売られる時代だとは思いませんが、彼のビジュアルと21世紀のショパンのアンバランスなバランスが、多くの人を惹きつけているようにも思います。
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2010.02.12 Friday 17:30
今日は地元新潟の老舗アマチュアバンド「VANDAL KILLER]の「Chasing the scythe」を聴いています。
無料音源として配布しているものをいただきました。
オリジナルの2曲が収録されています。
友人との永遠の別れの悲しみを怒りで表現した表題作は、メッセージ性の強い一曲です。
ジャンルとしては、ヘビメタ系のメロディックパワーメタル。
クラシック音楽に影響を受けたとされる系統です。
何となく、ハロウィンみたいな感じ?と思いました。
ところで、このバンドのホームページでは、メンバーがつづるそれぞれの「音楽の歴史」や思いを読むことができますが、
子供のころ聞いたアニメの主題歌の「かっこいい」が今につながっているーという一文が印象的でした。
普段縁のないジャンルでも、背景を知るとそのアーティストさんたちの物語が見えてきて、その音楽が身近に感じられることがあります。
もう何年もライブハウスに足を運んでいない私にも、熱狂が伝わってくる一枚でした。
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2010.02.09 Tuesday 16:59
音楽にあまり興味のない知人から、「クラシックのCDを買った」と
画像つきのメールが来ました。
そのCDはショパン。今年はショパン生誕200年のショパン年とあってとっつきやすそうなCDもたくさん出ているようです。
ところで今年は「熱狂の日」音楽祭、「ラ・フォル・ジュルネ」が新潟で開かれます。
りゅーとぴあで4月30日と5月1日。
ラ・フォル・ジュルネの故郷であるフランス・ナントと
新潟が姉妹都市であることが縁となったそう。
テーマは「ショパンとバロック」。チケットもまだ発売されていないようですが、メモリアルイヤーにこの音楽祭、本当に楽しみです。
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2010.01.19 Tuesday 09:36
最近よく聴いているのは、森洋子さんの「チェンバロの冒険」です。
チェンバリストの森洋子さんとパーカッション、バイオリンによるCDで、チェンバロの素晴らしさを知った一枚です。
チェンバロというと、ガチガチのバロックみたいに思っていましたが、
この曲集では、ピアソラやビートルズ、坂本龍一など20世紀のポピュラー音楽も取り込み、まさに「冒険」。でもそれがしっくりはまって、とてもかっこいいのです。
中でも大好きなのは、季節外れではありますが「戦場のメリークリスマス」。もともと曲自体も大好きですが、チェンバロの演奏だと、嫌味でなく「和」の趣があって、ついリピートしてしまいます。
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2010.01.13 Wednesday 17:34
東京と北海道をネットで結んだチェロの遠隔レッスンが行われているそうです。
十勝・中札内村は、田中義剛さんの「花畑牧場」で有名なところ。
この村の初心者の小中学生の受講生が、東京にいる講師の映像を見ながら、弾き方を学ぶというもので、3月までに、計4回のレッスンを行うそうです。
私も地方育ちですが、都会に比べてどうしてもクラシックに触れる機会は少ないもの。楽器によっては、習う先生がいないこともよくあります。私もチェロをやっていましたが、弦が切れると、替えの弦の入手にしばらくかかることもよくありました。
少し前までは東京の先生のレッスンをこうした形で受けられるなんて
想像もしませんでした。
こうした取り組みが広がり、チェロを始めとしたさまざまな楽器の楽しさを知る機会がもっと増えればいいなと思います。
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2010.01.07 Thursday 11:34
東京クヮルテットが今年、結成40周年になります。
新聞や雑誌などで頻繁に取り上げられるのを目にし、
とても懐かしい気分になっています。
日本人による弦楽四重奏楽団の草分け的存在で、
創設メンバーはジュリアードに留学していた日本人の
若手。
中学生のとき、クラシック雑誌で初めて知り、気鋭の日本人
アーティストというだけで、とてもうれしくなっていました。
そのころ、クラシック好きの友人と音楽談義になり
「日本人のクラシックはやっぱり、日本人くささが抜けない」と批判的にいう彼と議論になったものでした。
そのクヮルテットもメンバーが何度か入れ替わり、今は
インターナショナルな構成になっています。
2月に東京・銀座で開かれるコンサートでは、40年前のデビュープログラムが再現されるそう。
最近のちょっと気になる話題です。
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2009.12.23 Wednesday 14:20
音楽関係の知人から過去のコンサートのプログラムが送られてきました。
プログラムに載っている曲の解説文は彼の手によるものだそうです。
その中にエルガーについての文章がありました。
エルガーといえば、行進曲「威風堂々」が有名で、私自身も小中学校のときに、好きでよく聞きました。
ただエルガーの人となりについての知識はありませんでした。
送ってもらった文章によれば、エルガーは紳士で愛妻家。
妻のアリスの「信頼と献身によって」支えられ、彼女の死後の創作活動ははかばかしくなかったそうです。
有名な「愛の挨拶」も結婚生活の中で作られた曲。
そう聞くと、心弾む明るい旋律に生き生きとした二人の生活が思い浮かびます。
作曲者の生涯と曲を重ね合わせると、また音楽の味わいが増します。
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2009.12.16 Wednesday 19:41
以前、この欄の「ホールの物語」で書いた、公営ホールの幹部職員の方から、久しぶりに手紙をいただきました。
地道な取り組みでホールの評判を高めた方で、今はもうリタイアされ、別の仕事をなさっています。
近況のほか、コンサートホールのマネジメントについて、地元の大学で講義した際のエピソード、それに音楽にまつわる思い出が記されていました。
もともと、クラシック好きな一家に育ち、小学生のころからSPレコードやLPを聴いて、レパートリーを広げていったこと。
6年生のときに校長先生の許可証を持って、北国から東京へ一人旅をし、シャルル・ミュンシュが指揮するボストン交響楽団のコンサートへ行ったこと。そのときのベルリオーズ「幻想交響曲」に心が震えたことが、今につながっていること。
天職とはこういうことを言うんだろうな、と思いました。
「聴衆と演奏家と音楽の距離を縮める努力が、名演につながる」そんな言葉に、一線を退いても変わらぬ情熱を感じました。
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2009.11.27 Friday 07:50
クラシック関連のあるサイトの集計によれば、今年の年末、全国で演奏される「第九」は、オーケストラと合唱団による全曲演奏だけで160回にも及ぶそうです。
最初はドイツで大みそかに演奏されるのにならったという説もありますが、戦後、楽団員が正月の「餅代」を稼ぐために演奏するのが広がり、定着した、といわれています。大人数で構成されるため、その友人や家族などで一定程度の客数が担保されるというわけ。
でもここまで定着したのは、感謝と喜びで一年の終わりを迎える日本人の精神性に、マッチするものがこの曲にあるからではないか、と思います。
新潟では、12月27日に第10回新潟第九コンサート2009がりゅーとぴあで開かれるようです。CDもいいですが、この時季にはやっぱり生の「第九」が聴きたいです。
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2009.11.18 Wednesday 12:36
コンサート施設には、それぞれの「物語」があるような気がします。
それは建物にまつわるものだったり、演奏家にかかわることだったり。
芸術の舞台だからかもしれませんが、単なる建物という以上の存在のように思います。
以前住んでいた場所で、よく演奏を聴きにいったある中規模の公営ホールは、目立った特徴はありませんでした。土地柄だったのか分かりませんが、観客のマナーがよくないという声さえありました。
そのホールの幹部になった職員が、とても音楽好きの人でした。
彼はまず、プログラムに演奏会を聴く際のマナーを書き記すことから始めました。楽章の途中で拍手をするのはやめましょう、演奏中にプログラムをめくるのはやめましょう・・。表現は柔らかでしたが、演奏を聴きに行って説教をされているようだと、当初は批判の声もあったそうです。
それが何年か過ぎ、この施設は観客のマナーが良いという評判が立ち始めました。聴衆だけでなく、演奏家たちにも。ここで演奏したいという声も上がり、名の知れたアーティストたちのコンサートも開けるようになりました。今では遠方からも人々が足を運ぶホールのひとつです。
最初は地道な一歩でしたが、音楽の楽しみ方を伝えることで、ファンのすそ野を広げたことは間違いありません。
今でもその建物のたたずまいを懐かしく思い出します。
幸せなホールの物語です。
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